2026 年 2 月、Policy makers lab(代表:福岡功慶)は、経済産業省の委託事業であり一般財団法人海外産業人材育成協会(以下、AOTS)の主催する研修「タイ 自動車分野における非価格要素政策策定支援― エネルギー・産業対話(EID)に基づく共創型プログラム」において、タイ王国(以下、タイ)の行政官の皆様を対象にした、3 日間にわたる政策立案の講義とワークショップの講師を務めました。
まずは研修にあたりご指導やサポートをいただいた経済産業省や AOTS の皆様、そして各省庁から研修にご参加くださいましたタイ行政官の皆様に厚く御礼を申し上げます。
【研修の主旨】
日本とタイ両政府は 2025 年 4 月に、次世代エネルギー転換と低炭素社会における産業競争力強化を目的として、産業競争力向上などについて閣僚級で議論する「エネルギー・産業対話(EID)」を立ち上げ、第 1 回対話をバンコクで実施しました。
詳細はこちら↓(独立行政法人日本貿易振興機構のページへ)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/5088b29e46e7fab3.html
EID では自動車産業をはじめとする製造業の生産・輸出競争力の強化に向けて議論を行い、
(1) マルチパスウェイ
(2) サーキュラーエコノミー(循環経済)
(3) 競争力あるサプライチェーンと人材の健全な維持・発展
について、協力して政策を推進していくことで一致しました。
特に(3)については、
criteria for support measures for automotive and battery-related products.
(仮訳:自動車およびバッテリー関連製品の支援措置の評価基準において、持続可能性などの非価格要素を考慮することを確認。)
という「非価格要素」の考慮という記載があります。
例えば、製品の安全性向上、脱炭素社会の実現、人権への配慮、経済安全保障の確立など、産業振興政策を検討する際には経済成長という目的と同時並行的に考慮すべき「非価格要素」が存在します。
そこで AOTS 様は経済産業省の委託を受け、EID の具体的な取組の一環として、タイ行政の実務担当者向けに 3 日間にわたり非価格要素に基づく政策立案の研修を企画・実施しました。その際、Policy makers lab のメンバーが講師として研修に臨みました。
- Policy makers lab 研修 1 日目講師等一同(正面左から 糀谷 泰彦、坂本 雅純、福岡 功慶、植野 剛)-

【Day 1:講義編】
Day 1(1 日目)ではまず経済産業省担当者等により「非価格要素アプローチ」とは何かに関する講義が行われました。次いで Policy makers lab より、非価格要素アプローチを取り入れた政策案の型や実例に関する講義を行いました。
講師を務めた Policy makers lab の坂本からは、政策のあるべき姿を抽出するために踏むべき以下 4 つのステップについて詳説しました。
・ STEPⅠ. 個人(ミクロ)・集団(メソ)・国(マクロ)それぞれの階層における「課題」を明確化する
・ STEPⅡ. マクロの課題を基に、国として追求すべき本質的な目的を絞り込む
・ STEPⅢ. 本質的な目的を達成するための、より良い「別解」政策を考える
・ STEPⅣ. 「別解」政策が、ミクロ・メソ・マクロの階層の課題を解決するか確認する
その上で、抽出した別解が既にタイ国内の政府機関が発表している方針ではないか確認すべきという点や、別解の具体化のために短期目標と中長期目標のそれぞれについて定性及び定量目標を設定すべきという点を解説しました。
続けて、政府ができることは政策ツールの選択と実行であることを話しました。また各ツールは任意のタイミングで使えるわけではなく、課題解決の必要性が社会でどの程度認知されているか、国民に法的な権利・義務等を発生させるべき事柄か、マスを支援すべき(量重視)か或いは特定の対象を支援すべきか(質重視)という点を考慮しながらツールを選択すべきであるという内容を説明しました。
最後に、「補助金」という政策ツールに絞って具体的な設計方法を紹介しました。具体的には、公募要領の必要性や精算払い原則など補助金というツールを運用する上での基礎知識を解説した上で、補助要件(「…を満たしたら」)と補助効果(「…を与える」)の内容について、非価格要素に基づき国として推進したい方向性を盛り込むべきであるという内容を説明しました。
- Day 1 の様子(坂本)-

続いて講師を務めた Policy makers lab の植野からは、医療・ヘルスケアを題材にしつつ、研修テーマである自動車産業と医療・ヘルスケアにおける政策の共通点および相違点を整理しました。
自動車産業は自由市場で価格競争が生じる領域ではあるものの、その中においてどう「非価格要素政策」を設計し、競争力や持続可能性を維持・向上させるかが研修の主題です。一方、医療・ヘルスケア分野は原則として公定価格制度の下にあり価格競争が発生しないため、より質や安全性等の非価格要素によって厳しく評価される領域です。このような特徴から、医療・ヘルスケア分野は非価格要素に基づく政策・制度設計の原理を理解するための典型例として参考にできることを示しました。
その上で、Toyota Production System(TPS)の考え方も紹介しながら、医療・ヘルスケア政策を検討する上で求められるミクロ・メソ・マクロの考え方の重要な点について説明しました。即ち、官庁として日常的に触れている「マクロ」な観点のみに閉じるのではなく、自動車産業にも存在する現場としての「メソ」や「ミクロ」の事情までを精緻に検討すること、さらに「マクロ」から「ミクロ」まで抽出した課題が相互に連関しているかを検証することが不可欠であるという点を説明しました。
また、医療・ヘルスケア政策を考える上で重要な 2 つの視点として SafetyⅠ(失敗を減らす)、SafetyⅡ(成功を増やす)の考え方を紹介しました。その上で、政策や制度に紐付く実際の運用を現場が適切に適用できることの重要性や、ボトムアップな学習や工夫が自然に起こるような設計とすることの重要性について説明しました。
- Day 1 の様子(植野)-

Day 1 の最後に講師を務めた Policy makers lab の糀谷からは、近い将来重要な社会インフラと目される AI の領域において、データ戦略次第で社会実装が左右され得るケースを紹介しました。
特に医療データのような個人情報保護と両立する必要がある事例については、非価格要素を十分に考慮することが長期的な社会実装に資するという支点で、現在の日本の取組について紹介しました。実際に失敗した事例について、日本の児童虐待を発見する AI 例や米国の救急診断 AI 例を取り上げ、そこから得られる知見・考察を行った。現場のニーズを十分に分析する事の重要性と社会実装を見据えた出口戦略、またそのための制度設計という視点でデータベースの構築や産業の育成を行う必要があることを解説しました。加えて、ミクロ・メソ・マクロの構図の中でミクロを正しくとらえることの重要性、データをどう正しく取り扱うか検討することの不可欠性について説明しました。
AI の特性として、データ入力によりモデルを順次改良しつつ、同時に制度・政策も定期的に更新することが必要であること等を話しました。政策の例としては、日本の失敗の歴史も紹介しながら、様々なユーザーの意見を反映する AI ガイドラインの作成がなされていることを説きました。
- Day 1 の様子(糀谷)-

研修に参加されたタイ行政官の皆様からは、講義中のみならず講義後の休憩時間等まで更なる内容深掘りの質問等をいくつも頂戴し、有意義な情報共有や意見交換の機会となりました。
【Day 2:現場視察編】
翌日の Day 2(2 日目)では、トヨタ自動車株式会社様(以下、トヨタ)の施設である「トヨタ会館」への視察を通じて、日本の自動車産業がどのように非価格要素を取り入れているかについて、研修生の理解を深めることができました。
講師を務めた Policy makers lab の坂本・植野からは、トヨタ会館に向かう途中のバス車内で研修に参加されたタイ行政官の皆様に対し、視察前に観察視点を提示する講義を行いました。これにより、受動的見学ではなく、目的意識を持ってトヨタ会館を視察する姿勢が形成されました。
そしてトヨタ会館では、日本の製造業の高い生産性を生み出す原動力となっているトヨタ生産方式(TPS)の内容に加え、トヨタが掲げる事業の基本的な考え方である "Producing Happiness for All", "Mobility for All "に関して、小型モビリティ C+Walk の体験を含む先進的な技術を用いた展示物をもとにトヨタご担当者様による研修生への説明が行われました。併せてタイにおけるトヨタの事業現状や方向性について説明が行われました。
研修に参加されたタイ行政官の皆様はメモを積極的に取っており、トヨタの事業内容のみならず目下の(脱炭素や関税等の)国際的な政策イシューとも関連した質疑応答・意見交換を活発に実施されていました。
- Day 2 バス車内講義の様子(正面左から、坂本・植野)-

- Day 2 トヨタ会館視察の様子(上から、会館入口、視察中、質疑応答(トヨタご担当者様による解説の後に、坂本にて若干の政策情報を補足))-



【Day 3:ワークショップ編】
最終日の Day 3(3 日目)には、講師を務めた Policy makers lab の坂本・糀谷・岸・山本の指導・サポートの下、研修に参加した行政官により組成された複数組のグループで、非価格要素を基にした政策案作りを実施しました。
具体的には、各グループで自動車産業等のテーマを設定した上で、Day 1 で坂本から講義した政策立案の型(課題明確化から補助金設計まで)のフォーマットに、必要となる情報を検討し記載していきました。
そして各グループから研修の場全体に対して、検討した政策案のプレゼンテーションが行われました。プレゼンテーション後には他グループの研修生との間で、補助金の詳細設計等に関する質疑応答も実施されました。
非価格要素を盛り込んだ補助金政策について一日かけて検討し成果を創出したことで、研修で得た知識の理解度もさらに深まった様子が伺えました。
研修に参加したタイ行政官の代表者からは研修修了式にて、非価格要素アプローチでは、政策目的や政策案の効果、利害関係者との付き合いまで包括的なことを検討する必要があることを学べた旨、そしてこうした非価格要素アプローチの考え方を通じてタイと日本の連携を深めていきたい旨のご発言をいただけました。
- Day 3 の様子(1 枚目:糀谷による指導、2 枚目:岸による指導、3 枚目:研修参加者による政策案の発表、4 枚目:山本による講評、5 枚目:ワークショップ終了後の記念撮影(研修参加者を除き左から、糀谷・山本・坂本・岸)-





【評価】
研修にご参加いただいた行政官からは、本研修に対して高い評価をいただけました。
例えば研修全体については「有意義でよく設計されたプログラムだった」というご講評を頂き、Policy makers lab から提供したコンテンツ等についても「特定の集団に偏らず、国民全体に持続的な利益をもたらす政策設計の重要性を学んだ」、「グリーントランスフォーメーションを見据えた政策設計、マクロ・メソ・ミクロの視点の使い分けを学んだ」といったご評価も頂戴しました。
今後についても「非価格要素を用いた課題分析・政策立案の方法を所属機関で展開したい」、「研修日数と視察機会を増やすことを希望する」といった、Next action や将来の日タイ協力につながるコメントをいただいています。

【講座を振り返って】
AOTS 様からのコメント
この度は、経済産業省の委託事業「タイ 自動車分野における非価格要素政策策定支援― エネルギー・産業対話(EID)に基づく共創型プログラム」の一環として実施した本研修の実施にご協力いただき誠にありがとうございました。Policy makers lab 講師の皆さまと連携し、非価格要素アプローチを軸とした政策立案の知識と実践を体系的に提供した結果、お陰様をもちまして、タイ行政官の皆さまが日頃取り組まれている政策形成プロセスに具体的な示唆をもたらすことができました。AOTS は、引き続きタイにおける産業政策・社会政策の発展に寄与し、ひいては日タイ両国の協力深化に貢献できるよう努めてまいります。
植野 剛 コメント
このたびは、経済産業省ならびに AOTS の皆様よりこのような貴重な機会を頂きましたことに、心より御礼申し上げます。また、3 日間にわたり非常に熱心に研修に参加してくださったタイ行政官の皆様にも深く感謝申し上げます。
今回の研修の中心的なテーマである「非価格要素」は、単に価格競争力のみで産業を評価するのではなく、安全性、信頼性、持続可能性など社会全体にとって重要な価値をどのように政策として設計し、制度として実装していくかという視点を示すものです。これは自動車産業をはじめとする製造業のみならず、医療・ヘルスケアを含む多くの分野に共通する課題でもあります。
本研修では、医療・ヘルスケア分野における制度設計の考え方も例に挙げながら、政策を検討する際にはマクロだけでなくミクロやメソといった現場の視点までを含めて考えること、そして制度が現場で実際に機能する設計とすることの重要性について共有しました。
今回の研修を通じて生まれた議論や問題意識が、タイにおける今後の政策形成の一助となるとともに、日本とタイの政策対話や協力関係がさらに深まっていく一つの契機となりましたらそれに勝る喜びはありません。
糀谷 泰彦 コメント
このような貴重な機会をご提供いただき、様々なご準備に粉骨頂きました経済産業省ならびに AOTS の皆様に、感謝申し上げます。タイ行政官の皆様に於かれましても、大変熱心に受講いただき、また様々に双方向的な議論を行うことが出来ました。当方にとっても大変に学びの多い 3 日間になったと感じております。受講生の皆様にも何かしらのベネフィットを持ち帰って頂けましたらこれにまさる喜びはありません。「非価格要素」は、市場原理だけでは解決出来ない課題全般を包括する概念であり、これはタイ・日本両国の今後の更なる親密な関係性に資するものであると考えております。様々な業界において、理念を共有出来る関係性を 2 国間で築けるような礎となれますよう、これからも精進してまいりたいと考えます。
岸 広大 コメント
経済産業省ならびに AOTS の皆様、この度は貴重な機会を頂き誠にありがとうございました。マクロ・メソ・ミクロの視点を用いた政策立案プロセスや、非価格要素を含む包括的なアプローチは、単なる知識に留まらず、政策立案において国を問わず普遍的に求められるスキルであるため、タイ行政官の皆様にとって、今回の研修内容が今後の政策立案の質向上に活かされる一助となれば幸いです。私自身にとっても、タイ行政官の皆様との政策立案に関する議論を通じて、多角的・多層的な視点で議論を深めることの重要性を改めて確認できる大変貴重な機会となりました。
山本 大地 コメント
このたびは貴重な機会をご提供いただき、また開催にあたり多大なるご尽力を賜りました経済産業省ならびに AOTS の皆様に心より御礼申し上げます。あわせて、ご参加くださったタイ行政官の皆様には、3 日間にわたり真摯に取り組んでいただき、限られた時間の中でもグループワークを通じた成果物として形にしてくださったことに、深い敬意と感謝を申し上げます。経済合理性だけでは捉えきれない「非価格要素」を政策に取り入れることは、ときに難しい意思決定を伴いますが、社会全体を包摂した持続的な国の発展に不可欠な視点だと考えております。本研修で得られた共通理解と問題意識が、タイにおける政策形成の質の向上に資するとともに、将来にわたるタイ・日本両国の関係発展にもつながることを心より願っております。誠にありがとうございました。
坂本 雅純 コメント
まず経済産業省及び AOTS の皆様には、今回このような貴重な機会をいただけたこと、感謝申し上げます。今回研修でご用意したコンテンツは決して簡単な内容ではありませんが、研修にご参加くださったタイ行政官の皆様は「非価格要素とは何か」「補助金はどう設計すべきなのか」といった命題の理解に懸命に取り組まれ、グループワークを通じて限られた時間で成果物を形にしていただけました。心から嬉しく思います。行政官の皆様がタイにおいて国民の well-being や国の持続的な発展のために質の高い政策を立案・遂行いただき、また将来の日本との様々な面での関係発展にご活躍をいただけましたら、講師としてこれ以上の幸せはありません。
【今後に向けて】
医学・医療の世界では、「小医は病を治し、中医は人を治し、大医は国を治す。」という言葉があります。この言葉は物事を様々な角度から不断に捉え直す姿勢の大切さを示すものでもありますが、これはもちろん医療の世界に限った考え方ではありません。政策案作りでも、当事者だけでなく、周囲の人や地域、将来世代まで含めて「誰に何がどう影響するか」を考えることが必要です。そうした思考を通じて「パブリックマインド*」を醸成することが、自分は社会の中でどう生きたいのか、どんな選択をしたいのかを考え直す良いきっかけとなります。
Policy makers lab は官民の有志により現場に根差した政策案作りに取り組んでまいりますが、同時に当ページでご紹介したような、(自治体様を含む)政治家や行政官の皆様への政策案作り研修に加え、スキルアップのための社会人向けパブリックマインド醸成研修や、学校現場での政策案作り体験教育のお手伝いも実施させていただきたいと考えております。ご興味・ご関心をお持ちの皆様は、下記担当までお気軽にお問い合わせください。
担当:Policy makers lab 事務局 坂本 雅純(SAKAMOTO Masazumi)
- * Policy makers lab における「パブリックマインド」とは、社会問題・課題に気付いたとき、それを見て見ぬふりせずに「自分ごと」として捉え、他者の視点にも想像力を働かせながら、公共のために思考し、行動する姿勢を指します。
これは、既存の英語概念である civic mindset(市民的思考態度)や sense of civic responsibility(市民としての責任感)、public-spiritedness(公共心)とも通底するものですが、単なる関心にとどまらず「気付くことができたのであれば行動する」という自発的実践性に重きを置いている点が特徴です。
なお、英語における "public mind" という表現は「世論」「大衆の心理」などを意味する別の概念となります。
