キーパーソン制度を通じた末期医療・介護制度の意思決定の充実
平山 貴一 | |
PROFILE 京都大学医学部医学科卒。淡路島にて救急医療に従事。救急専門医。死生観に関心があり京都大学フィールド医学教室で研究、ブータンにて診療、JICA草の根支援継続中。地域包括ケアシステムでの地域包括支援センターの役割の重要性から、本PMLにてjournalに「地域包括支援センターの持続的な成長戦略 支援側を支援するプラットフォーム形成」執筆。ブータンにおいて、東部の村で生活しながら障害者、生活困窮者のニーズを集め、日本の地域ケア会議を参考に、ブータンの村にて”community support committe”の立ち上げなど、政策提言にも取り組む。 |
いま起こっていること
高齢化の進展に伴い、要介護高齢者の増加や介護期間の長期化等、介護ニーズは拡大の一途を辿っています。核家族化の進行や介護する家族の高齢化等も相まって、介護サービスの供給側の状況も変化してきました。
政府としては、1997年に成立した介護保険法により、多様な超高齢者社会への高齢者個別対応を目指し、社会福祉士が行っていたケアマネージメントが、ケアマネージャーが提供する介護保険の中での介護支援サービスに代える等、政策を打ってきました。
高齢化の進展により介護のニーズの量の増加と多様化が課題となり、更には終末期において死に係ることにも対応する必要が出てきています。また家族の在り方の多様化も、介護や医療に関する意思決定の難化や複雑化に拍車をかけています。すでに死後の葬儀や財産整理の問題に関わる成年後見人制度がありますが、医療における決断は医療現場に委ねられおり、成年後見人では対応できません。中には延命治療等に関して、意思を事前に表明している高齢者もいますが、終末期における「本人の意思」を医療現場が推測し尊重するには大きな課題が存在します。
介護現場で終末期医療の意思決定対応が求められるようになったことで、各種介護政策や成年後見人制度だけでは課題に対応しきれなくなっています。これらは高齢者本人のみならず、医療従事者側の負担にもつながっています。
すでに政府が取り組んでいること
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で暮らしを続けるべく、2025年までの地域包括ケアシステムの完成や介護ロボット・ICT機器の導入による介護現場の生産性向上等が戦略として記載されています。厚生労働省は「ケアプランデータ連携システム構築事業1)」により居宅介護支援事業所と介護サービス事業所の間だけでなく地域包括ケアシステム内の連携も推奨しており、セミナーやフォーラムの開催、ICT事業支援等で令和6年度予算として351億円の予算を計上しています2)。また、介護人材確保のため、東京都において介護職員・介護支援専門員居住支援特別手当事業に280億円が計上されており、若手に重点をおきながら介護従事者に月1~2万円の給与補助が支給されています3)。
目指すべき未来の姿
現状は、介護現場から終末期医療の意思決定に至るまでの、関係者間の情報連携が未だ不十分な状態です4)。
マイナ保険証による病名や処方薬などレセプト情報の医療情報の共有が医療側では進められつつも5)、介護情報、そして意思決定において大切な本人の想いや人間性がわからないために、医療従事者としてどのような医療を提供すべきか判断に迷うことが多々あります。本人の意思を汲み取って作成すべき介護サービス計画書6)(以下、ケアプラン)自体の情報不足に加え、ケアプランを作成するケアマネージャーの高齢化による人材不足、被介護者数の増大による需給バランスの悪化等の課題もあります。ケアプラン作成の前提となる「主治医意見書」の作成が滞ったり内容の質がばらついていること等により介護側の負担を大きくしている医療従事者側が抱える課題もあります。
将来は、介護を受けている高齢者に身近な家族やキーパーソンがいない場合であっても、本人の終末期医療に関する関係者間の意思決定を円滑に実現するため、ケアプランを中心とした関係者間の情報連携体制7)を充実させることが望ましいです。
具体的には、
- ケアプラン作成の前提となる「主治医意見書」の作成を促進・支援する体制を確立し、
- 「主治医意見書」を元に、ケアマネージャーや看護師が被介護者の想いや人間性を読み取れるようにケアプランを作成できるようになることで、
- 被介護者が意思決定できる状態でなくなり、身近な家族やキーパーソンがいない場合でも、常時関係者間で共有されているケアプランを医療従事者が参照して取るべき医療措置が決定できる
というストーリーが理想的です。
それには、
- ①②の実現のために、医療従事者やケアマネージャーの人材育成と待遇改善
- ②③の実現のために、ケアプランの要件充実化やケアプランの連携体制の確立
が必要です。
2050年時の定量目標としては、暮らしに接する介護現場のケアマネージャーからの高齢者の想いや人間性を含むケアプラン作成率(人間性の記載÷全ケアプラン)100%、さらには医療現場でのケアプランアクセス可能率(アクセス可能ケアプラン数÷要支援要介護の高齢者数)100%が望ましいです。
未来のために何をすべきか
政策案① | 医療従事者やケアマネージャーの人材育成と待遇改善 |
ケアプランを取り巻く人材の育成事業を提案します。具体的には、ケアプラン作成の導入となる要支援要介護度認定のための主治医意見書の作成において、かかりつけ医として主治医意見書作成のオンラインを含む講習受講の必須化、かかりつけ医制度の促進、診療科による作成のばらつきを低減するために医師初期研修における到達目標の中の「特定の医療現場、地域保健8)」に主治医意見書作成補助を記載すること、そしてタスクシフト/シェアのために看護師研修における主治医意見書作成補助の導入を提案します。主治医意見書作成の講習は「オンライン診療を行う医師向けの研修・緊急避妊薬の処方に関する研修9)」を参考にe-learning形式で行います。初期研修医にも地域医療研修前にこの講習の受講を必須化し、主治医意見書作成の補助を行えるようにします。
人材不足が目下の課題ですので、併せて待遇改善も行うべきです。具体的には、ケアプランを作成するケアマネージャーの人材確保のため、ケアマネージャーとなる方の月給が30万円を越えるようにすることを念頭に、ケアマネージャーへ一人当たり、勤続5年目まで2万円/月、6年目以降1万円/月の手当てを行っている東京都の「介護職員・介護支援専門員居住支援特別手当事業」を全国に拡大することを提案します(東京都の令和5年度事業で300億円程度であることを参考に、全国拡大の場合は1000億円程度の予算見込。都道府県や市町村にも手当金の拠出を求める)。
特に待遇改善政策において問題となるのが財源です。筆者は、介護保険料からの予算ではなく、医療費削減分を加味した都道府県への補助金として分配することを提案します。海外の報告では緩和医療の導入で1回の入院あたり3600ドルの医療費が低減された10)ことを参考に、75歳以上の高齢者の66万人11)の入院を低減できれば350億円を低減できると想定し、これを当予算案の一部に充当できれば良いと考えます。そもそも現在の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」でも介護従事者の質の確保を図ることが謳われていますし、高齢社会の中で2050年に向けて日本国民の Well-being を確実なものにするためには、国債発行も含めた思い切った財政措置も必要に応じて検討すべきと思料します。
政策案② | ケアプランの要件充実化とケアプランの連携体制の確立 |
「介護サービス計画書」の様式の見直しを提案します。具体的には、計画書様式内に「本人の性格」や「終末期医療に係る本人の意向」という項目を設け、ケアプランの見直し時期となる6か月毎に当該箇所の記述も必須とすべきです。
また、既に展開中の「ケアプランデータ連携システム」を医療現場にも導入できるように仕様変更することが有効です。かかりつけ医の主治医意見書、ケアプラン、高齢者の想いや人間性についての情報を居住サービス計画書第1表に追記できるように当システムの要件改訂を行うことや、全国の医療機関への導入拡大を提案します。厚労省「ケアプランデータ連携システム構築事業」の予算交付要件に上記を追記すべきです。
まずは医療機関における需要調査、ケアマネージャーの意識調査を行い、ケアマネージャーへのセミナー開催やガイドライン作成までを実施します(調査からガイドライン作成まで、委託調査事業費で1億円程度見込)。
医療側においては、研修病院で開催されるがん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会にケアプランデータ連携システムの利用を採用します。病院介護におけるシステム導入連携支援、アップデートに350億円の予算を計上します。死亡前1か月医療費66万円のうち8割が入院医療費で、病院での最期を望まない方が60%であるため12)、90歳以上の高齢者の死亡1か月前の医療費(90歳以上の人口200万人×死亡率10%×60%×66万円×0.8)633億円/年を低減できる効用が見込めます。予算獲得や取組遂行の際にはこうしたナラティブも交えて各府省庁との調整を進めることが有効と考えます。
参考文献
- ケアプランデータ連携システム機能更新 001237097.pdf (mhlw.go.jp)
- 介護分野における生産性向上の取組の普及・啓発について|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
- 東京都介護職員・介護支援専門員居住支援特別手当事業 東京都福祉局 (tokyo.lg.jp)
- 令和5年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業 医療・介護連携の推進に向けた情報提供のあり方にかかる調査研究事業
- 救急時医療情報閲覧 概要案内
- 居住サービス計画書 000764680.pdf (mhlw.go.jp)
- 訪問看護計画等標準仕様による医療介護間でのデータ連携の必要性 訪問看護計画等標準仕様 (mhlw.go.jp) P4
- 別添 臨床研修の到達目標|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
- オンライン診療について|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
- May P, Normand C, Cassel JB, Del Fabbro E, Fine RL, Menz R, Morrison CA, Penrod JD, Robinson C, Morrison RS. Economics of Palliative Care for Hospitalized Adults With Serious Illness: A Meta-analysis. JAMA Intern Med. 2018 Jun 1;178(6):820-829. doi: 10.1001/jamainternmed.2018.0750. PMID: 29710177; PMCID: PMC6145747.
- 年齢階級別にみた施設の種類別推計患者数
- 人生最終段階の医療における意識調査 saisyuiryo_a_h29.pdf (mhlw.go.jp)