1. いま起こっていること
福岡 功慶 | |
PROFILE 2007年東京大学工学部計数工学科卒、2018年米国イェール大学 総合学術大学院 国際・開発経済学修士。 国家公務員として化学産業、ヘルスケア産業の振興業務に従事。その後、タイへの駐在、インフラ輸出や日本企業の海外サプライチェーンの高度化、南西アジアの担当を経て、現在は洋上風力事業の推進を担う。 そのような中、民間有志との議論を通じ、現場の問題意識に基づき、真に社会に影響力のある政策案を立案したいという思いから、Policy makers labを設立。 |
1.1 分断し、自己中心的になる世界
米中対立の構造化、ウクライナ侵攻、イスラエルガザ紛争、中東対立、中南米の左派ポピュリズム台頭による周辺国との関係悪化など、世界は分断の方向に突き進んでいます。米国、中国、インドなどの大国をはじめ、トルコ、ASEANなどミドルパワーにおいても「自国投資促進・雇用創出」、「貿易赤字解消」、「地域重視」が重点戦略になり、自由貿易のこれ以上の進展は困難な状況です。ボストンコンサルティンググループはそのような世界情勢において、将来的に、貿易構造も大きく変化すると予測しています。米中の貿易は大きく減少し、逆に世界の貿易におけるASEAN・インドの位置づけが大きく向上すると見込んでいます。日本にとって今後、貿易量が減ると見込まれているのが欧州との関係で、逆に、重要度が増していくのはインドやASEANなどアジアの新興国、及び地域的に近い豪州としています。
1.2 相対的に低下し続ける日本の国力
日本の経済規模は、今後、GDPも一人あたりGDPも相対的に低下し続けることが見込まれています。例えばGDPは2040年には世界6位、2075年に12位に転落するという予測もあります。他方でインド、インドネシア、パキスタン、フィリピン等のアジア新興国、アフリカのナイジェリア、中南米のブラジルなどが台頭、市場としての重要性が増加していきます。
1.3 修正を求められる自由貿易
自由貿易の推進派、全体としての経済発展には大きく貢献したものの、格差の拡大、環境への悪影響など、無制限に自由貿易を広げることの弊害が指摘され始めています。もともとWTOにおいても、安全保障例外(GATT21条)や環境・人権などに関連する一般例外(GATT20条)など、例外を設けることは認められているものの、その適用範囲は極めて限定的に設定されています。現在の通商政策においてはこの例外をどの程度広げるべきか、それをどのように位置づけるべきかが、主要な論点となっており、これがどのような壁を作るのかと裏表の議論になります
主要国において関税が撤廃され、壁がなくなってしまっている状況において、経済安全保障、環境、人権・労働、パンデミック等の非貿易的事項を活用し、自由貿易の原則ともある程度の整合性を持ちながら、どのように適切な高さの壁(必ずしも関税とは限らない)を作るのかというのが重要です。
その際、日本は米中のような大国ではなく、無秩序や完全なブロック経済化よりも、適切な国際経済秩序の構築が中長期的な国益になることにも留意が必要です。
分野 | 主要国の動き |
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経済安全保障 |
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環境 |
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人権・労働 |
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パンデミック |
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<参考:対外経済政策を取り巻く思想・枠組みの変遷>
歴史的には自由貿易と保護主義は振り子のように、行ったり来たりしながら発展を続けています。
古代ギリシアの時代(前400年頃)
重商主義の時代(1500年~1750年代)
経済的自由主義の時代(1800年代以降)
保護主義の台頭(20世紀前半~20世紀中盤)
GATT・WTO・経済連携協定の時代(1948年~、1995年~、2002年~)
WTOの機能不全、経済連携協定の一巡、非貿易的価値と自由貿易の相克(2010年~現在)
※文化保護、宗教の保護、環境保護等必ずしも自由貿易を100%貫くことが適切でない分野もある。これらを総称し「非貿易的関心事項」(non-trade concerns)と呼ぶ。(国際経済連携推進センター新たな通商ルール戦略研究会より)
1.4 自国産業育成のための補助金競争が激化
米国はインフレ抑制法、欧州はNet Zero法案を通じて、約50兆円を供給し、自国において、成長産業であるGX産業の育成・強化を目指しています。中国は、国家安全保障を背景にサプライチェーンの内製化や国有企業の技術力向上のため資金援助を強化しており、欧米中ともに環境や安全保障を理由に自国産業の育成・自立性の強化に向けて政策を総動員しています。
新興国でも同様の動きが見られます。インドはターゲット産業の自立性を高めるため、10兆円超の生産連動型補助金(PLI)を導入、GX産業や半導体の先端産業の育成を強化すると共に、ターゲット産業の輸入を停止することで外資からのインド投資を強引に誘導しています。韓国は半導体産業の強化に向けて、サムスンやLGなどへ大型の補助金、税制優遇、土地の提供などあらゆる施策を通じて自国内への半導体関連産業が流出しないよう支援しています。
これらの動きは今後、更に加速する可能性があります。そしてその支援策の特徴として、企業支援にとどまらず、EV購入補助金など、需要者サイドに自国品の購入インセンティブを(間接的に)与える形での支援が増加していることが上げられます。
※2023年3月16日、欧州委員会は、グリーン・ディール産業計画(同年2月1日発表)に沿って、EU域内のネット・ゼロ産業の製造容量に関する目標設定、導入に向けた規制整備や許認可の迅速化等を定めた「Net‐Zero Industry Act」を発表。その後、2024年2月6日、欧州理事会と欧州議会の間で暫定的に政治的合意。ネット・ゼロ技術の特定や、2030年までにEU域内の製造容量を年間導入需要の40%まで高めることを目標とした「ネット・ゼロ戦略プロジェクト」セクターの指定、公共調達の評価基準として「持続可能性と強靭性」への貢献を要件にする等、技術を特定し支援を集中させることでクリーン技術の欧州内確保を目指すもの。
目次
環の構成
3. 未来のために何をすべきか
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