産業活性化の環
(2024年12月)

コンテンツ産業(アニメ)の産業改革と維持・発展

福宮あやのの写真 福宮 あやの
PROFILE
兵庫県西宮市生まれ。兵庫県立西宮高校声楽科、関西大学文学部、University of Aucklandへの留学を経て、2011年から声優として株式会社ムーブマンに所属。代表作に『truth〜姦しき弔いの果て〜』『ヴァイキング〜海の覇者たち〜』など。
2023年からは声優、俳優として活動しつつ一般社団法人 日本アニメフィルム文化連盟の事務局長に就任。「アニメに未来があることを信じたい」のスローガンの元、人材育成や著作権についての啓発活動など、業界改善に取り組む。プライベートでは一男一女の母。

いま起こっていること

 1963年に日本で初めての長編(30分)アニメシリーズである『鉄腕アトム』が放送されました。以降長らく、アニメやマンガといったコンテンツは子供向けのもの、オタクが見るものとされてきました。今日ではそのアニメが、日本経団連エンターテインメント・コンテンツ産業部会の発足(2003年8月)、コンテンツ産業振興議員連盟の設立(2003年12月)、知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会「コンテンツビジネス進行政策」とりまとめ(2004 年3月)などに見られるように産業振興の対象となってきましたし、2004年の「新産業創造戦略」及び、翌2005年の「新産業創造戦略2005」においては「強い国際競争力を持つ先端的な新産業分野」と位置付けられるまでになりました。この時期からは、コンテンツ産業を担う人材育成やコンテンツ製作に対する投資税制優遇などの政策も見られるようになり、現在の「コンテンツ大国・日本」に繋がっていると言えます。(参考:日本のコンテンツ産業と政策のあり方

 ただ、2010年に発表された「知的財産推進計画2010」以降のいわゆる「クールジャパン政策」においては、海外でも人気の高いコンテンツを輸出することや海外で活躍できる人材育成に重点が置かれており、日本国内でコンテンツ産業を支える業界の「すそ野」にあたる部分への支援は置き去りとなっています。また、過去の「クールジャパン戦略」ではマンガ、アニメ業界に対する調査が十分と言えない状態で各政策が立案・実施された結果、本当に必要とする対象へ支援が届かなかった、コンテンツ業界全体が十分な恩恵を受けた印象は薄い、という批判もあります。

 また、クールジャパン戦略以外の部分では、特にアニメ産業で文化庁を中心として実施された「すそ野」人材育成の継続的な取組の中では、育成されたクリエイターの業界定着率が非常に高かったという成果も出ていますが、これも年間の育成対象者が10名未満と小規模な取組で、業界全体の技術水準の向上に寄与しているとは言い難い現状があります。(参考:あにめたまご あにめのため)こうした状況の中でアニメの制作現場の疲弊は著しく、「3兆円産業」と言われる輝かしい響きとは似ても似つかない状況です。

すでに政府が取り組んでいること

 こうした中で、2024年に「第二次クールジャパン政策」として「コンテンツを基幹産業に」との声明も発表され、令和5年度補正予算、及び令和6年度当初予算において各府省庁でクールジャパン関連予算が措置されています。

 たとえば文化庁の令和5年度補正予算「クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業」では、クリエイターに対し作品の企画や交渉・海外展開までの一体的な活動に対して3年程度の弾力的な支援を行うこととしています(この事業の予算総額は45億円)。ただし、この支援も海外で活躍できる高度人材の育成支援を主眼としており、制作現場の「すそ野」人材は支援対象からこぼれ落ちています。

めざすべき未来の姿

 日本と同様にコンテンツ分野を国策として押し出している韓国においては、2022年のコンテンツ輸出総額が約1兆9,200億円と過去最高額を記録し(参考: https://www.kottolaw.com/column/240122.html )、また2023年には9,743億ウォン(約1,003億6,200万円)規模のコンテンツ産業支援予算を投入して、K-コンテンツ基盤の造成、K-コンテンツの代表分野の集中育成、K-コンテンツの魅力発信、K-コンテンツの新市場開拓推進を進めています。また2024年には新技術と知財への投資をさらに強化し、中小・地方コンテンツ企業の育成にも「国家戦略として」注力しています。韓国のように日本の“お家芸”であるマンガやアニメの分野で「追いつけ追い越せ」と迫ってくる諸外国の勢いを振り切り、日本のコンテンツが世界トップの存在感を保ち続けるためには、他国と同様に国家戦略としての人材育成、産業支援が今まで以上に必要な状況です。

 一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)の調査によると、2024年の日本のアニメ業界従事者の月間平均労働時間は、平均が219時間、中央値が225時間、また「時間あたり単価」の中央値は1,111円と苦しい状況です。特に若年層の収入が低く、20代の67%は月収が20万円以下であると回答しています。(参考:https://nafca.jp/survey02/ )また「若年層のアニメ制作者を応援する会」が2016年に実施した調査によると、若手アニメーターの53%が「家族の経済的援助を受けている」との結果も見られ、印象の良くないアニメ業界への就職を親族に反対される、といった話も多く聞こえてきます。(参考:https://www.bengo4.com/c_23/n_5468/ )このような悪い労働環境が改善されない限り、アニメ業界で活躍したいと思う人材は減少していきますし、現在のアニメの制作現場を維持すること事態が危ぶまれている状況であると言えます。

 2024年の内閣府「新しい資本主義実現会議」においては、コンテンツ産業は半導体に次ぐ輸出産業であると位置づけられ、その振興のための方策が議論されていますが、メインの対象となっているのは海外に羽ばたくトップクリエイター育成に偏っていて、このままではコンテンツ制作に携わる人材が国内の現場に居なくなってしまう事態も起こり得ます。そうならないよう引き続き「コンテンツ大国・日本」の維持・発展に向けて、以下の政策を提案します。

未来のために何をすべきか

政策案① コンテンツ(特にアニメ)業界での「すそ野」人材の育成支援

 コンテンツ立国を掲げて成功した韓国では、2003年までに約500億円をコンテンツ産業に集中投資する『文化産業振興基金』が設立されました。以降、コンテンツ産業の支援において人材育成が重要であるとの考えのもと「コンテンツ専門人材の養成中長期計画」を策定し、多くの資金を人材育成に投下しています(参考:韓国のコンテンツ産業の現状と輸出振興策に関する一考察 )。その結果として、現在も映画やドラマ、アイドルなどの分野で「韓流」と呼ばれるコンテンツが世界中で評価されています。これに倣い、日本でも教育訓練補助を目的とする人材育成モデルケースを設定し、必要な条件を満たした訓練を実施している企業に対して助成金を支給すること(アニメ業界全体で年間20億円)を提案します。具体的には現場で十分なOJTを実施するための費用を補助します。

(支給要件案) ※アニメ業界の場合

  • 支給事業対象者:商業アニメを制作している事業主で、OJT訓練計画書を作成して、中堅クラス以上の社員3人に対して2人以上の新人をつける規模のOJT教育を実施する体制が整えられている事業主であること。
  • 支給対象訓練の例:中堅クラス以上のアニメーターに依頼された仕事を新人がまず作画し、それを逐次、中堅クラス以上のアニメーターが修正しながら凡そ2年程度継続して作画業務に従事することでOJT教育を行う。なお中堅クラスのアニメーターとは、原画アニメーターとして5年以上の経験を持ち、独力で(3Dレイアウトの補助はあっても良い)レイアウトを担当できる者を指す。
  • 支給対象外となる訓練の例:アニメ制作に係る職務に直接関連しない訓練(普通自動車運転免許取得の講習、社会人マナー講座 等)。または教育全体の5割以上の時間が講義形式の座学で構成されるなど、いわゆるOJTであると定義しがたい訓練 等。
  • 支給対象経費:講師謝金、講師旅費、訓練受講生時間給、電子機器含む訓練教材費
  • 助成率及び支給限度額:中小企業の場合、助成率75%・支給限度額 3,000万円/年、大企業の場合、助成率50%・支給限度額 6,000万円/年
政策案② アニメ制作業界の就業環境の適正化促進

 特にアニメ業界においては、3兆円と言われる売上のうち制作現場には1割しか入ってこないこと、またアニメ作画に携わる人材の8割がフリーランスであること( 参考:日本アニメフィルム文化連盟の調査)、業界全体のキャパシティに対して製作されるアニメの本数が多すぎることなどが問題視されており、労働環境の適正化を進めなければ新規人材の育成が難しい状況です。

A:最低受注金額ガイドラインの策定
 まずは最低受注金額のガイドラインを策定することが必要です。ある制作会社では「安すぎて請けられない」と受注を拒否するような案件でも、手を上げる制作会社がある限り業界全体の受注金額の水準は上がっていきませんし、雇用の安定しないフリーランスは決して良くない待遇でも我慢して働かざるを得ない事も多い中で、こうした価格競争の犠牲者になりがちです。この状況を是正するためには、他業種でも実施されているように公正取引委員会の監視下において最低受注金額のガイドラインを運用をしていくことが求められます。

B:製作委員会の法的立場の明確化
 アニメ業界でよく見られる「製作委員会」は複数企業が集まった任意団体であり、行政の監視下におくための法的根拠にも乏しく、こうしたガイドラインの様な施策の実効性を損なう可能性が大きいです。たとえ発注側が「製作委員会」の場合であっても法的立場を明確にし、下請法ほかの対象であることを明確にすることも必要です。

C:中小企業庁にコンテンツ課を設置
 これらの監視を行うには中小企業庁の現体制では人員リソースの不足も考えられるため、アニメを含めたコンテンツ業界全体の管轄を専任する「コンテンツ課」の新設を望みます。

D:フリーランスの労働争議など労働環境問題の是正に関する啓発・教育の充実
 制作現場で働く個人はフリーランスが多いこともあって非常に弱い立場です。なお、ランサーズによる調査(2022年)によると日本の労働人口全体において4人に1人をフリーランスが占めており、フリーランスという働き方がより一般的になっています(参考:新・フリーランス実態調査 2021-2022年版)ので、たとえば「フリーランスが労働争議を行うには(どうしたらいいか)」など具体的な問題を是正する手段について啓発を行うことや、フリーランス新法など最新の法制度の周知を行うことが、コンテンツ業界のみならず、国全体に健全な労働市場を形成する上で重要と考えます。業界・業種ごとにフリーランス労働組合を組成し、その組合がストライキを含む労使交渉を行えるようになり、各業界で働くフリーランス個々人がそうした活動の必要性を理解することが今後ますます必要であると考えます。

政策案③ 新規参入者の奨励

 最後に、コンテンツ産業を国の基幹産業としてその振興を進める以上、新規参入を増やすことも重要であると考えます。そのためには決して親族に反対されるような業種ではなく、「憧れの業界」という認識を世間一般に浸透させ、且つ実際に働きやすい業界であることをアピールしていく必要があります。

A:世界的アワードの創設
 映画の「アカデミー賞」のように世界的なアニメ・マンガ・ゲームに絞ったコンテンツアワードを創設し、ワールドワイドで権威のあるアワードとして育てることが望ましいでしょう。現在、2Dアニメの聖地と言われる日本では「AnimeJapan」という世界最大級のアニメフェスが開催されていますが、これは経済産業省の後援も受けている大きなイベントです。たとえばこうしたイベントに世界的なコンテンツアワードを併設し、業界において著名で権威のある審査員を招聘したり、政府の後援として「総理大臣賞」を授与したり、様々な形で後押しすることが良いと考えます。このようなアワードの運営を通じて、日本がコンテンツを基幹産業と位置づけていることや、世界的にコンテンツの「聖地」が日本であることを印象付けることを狙います。

B:ホワイト企業マークの創設
 適正な事業環境/労働環境を整備してコンテンツ業界全体の評価を高めることに貢献している、いわゆる「ホワイト企業」であることの証明として「映適マーク」「くるみんバッジ」のようなマーク制度を創設し、一定の基準を満たした企業を公的に認証することで新規参入の促進に繋げることも有効であると考えます。

 このように多くの施策が必要ではありますが、これらの支援を通じた業界全体の改善を進めていかなければコンテンツ産業、特に3兆円規模にまで成長したアニメ産業が、今後、縮小してしまうことが目に見えていると感じています。追いつき追い越せの勢いでやってくる中国・韓国など諸外国の国策にも学びながら、日本のコンテンツ産業が引き続き発展していくことを望みます。

目次

(1) 産業活性化の環

(2) 環境負荷の低い持続可能性の環

(3) デジタル国土強靭化の環

(4) 食糧の環