有機農業に特化したAIで学習するマルチツール型ロボットの導入促進支援
柳本 友幸 | |
PROFILE 1977年大阪府生まれ。2002年、東京大学法学部卒。2020年、デジタルハリウッド大学大学院デジタルコンテンツマネジメント修士号取得。大学卒業後、戦略コンサルタント、投資ファンド等で経験を積む。東日本大震災後には、岩手県の大船渡市・陸前高田市・住田町が申請した「気仙広域環境未来都市」の医療介護分野コーディネーターとして、震災からの復興と、環境問題と高齢化に対応したまちづくり事業に従事。現在は再生可能エネルギーの導入・運用・コンサルティングを行うサステナジー株式会社の副社長として勤務する傍ら、個人でコンサルティングも行っている。 |
「うちは有機JASマークを取っているので、除草剤の使用が制限される。毎日が雑草との戦い。雑草が生えにくいようにするコツはたくさんあって努力しているが、それでも細かいところから雑草は出てきて、人が手でひとつひとつ抜いている。小さいうちに抜けばそれだけ農地への影響も少ないが、目視で人間が完璧にやるのは難しい」(神奈川県の農業生産法人経営者)
↑玉ねぎの有機栽培を行っている農場の写真。玉ねぎの株の周りに出てくる雑草を人が手で1本ずつ除去している
いま起こっていること
都市部近郊など、大規模に集約された農地が少ないエリアでは、大規模化によるスケールメリットを得ることができないため、農業従事者が収入増を狙う方法として有機農業などの付加価値の高い生産方法が有力な選択肢となります。こうした生産方法は、農薬や化学肥料を使用する農業に比べ、雑草処理などの細かい農作業が多数発生するほか、環境のコントロールも複雑になるため生産性が安定しないという問題点があります。有機農業に関する過去の政府の取組を紹介しますと、2006年に「有機農業の推進に関する法律」を制定し、「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」を、公的な認定制度等を通じて支援しています。また、2019年に制定された「SDGsアクションプラン」でも優先課題に位置付けています。
しかしながら、日本は、オーガニック後進国と言われるほど有機農法の市場が小さい国で、農林水産省の調査によれば、2018年調査での1人当たりの有機農産物消費額は、アメリカの1/15程度となっています。日本全国の耕地面積のうち、有機JAS認定を取得している農地の割合は0.2%に過ぎず、有機JAS以外の食品全体に占める有機食品の市場シェアは0.3%であり、有機食品の浸透はほとんど立ち上がっていないと言えます。一方で、新規の農業参入者の2〜3割は有機農業に取り組む傾向にあるとされており、潜在的な有機農業への興味関心が高いことが伺えます。有機農業の課題に関する調査では、その1位が「労力がかかる」、2位が「収量や品質が不安定」であり、「販路の確保が困難」などの課題認識よりも上位にあります。有機栽培農作物の生産拡大は、SDGsの観点からも進展すべきであり、また潜在的な興味関心も多いものの、除草などの労力が大きいことや収量が不安定になることが課題となるために、拡大していないことがわかります。
すでに政府が取り組んでいること
このような課題認識を受けて、政府としては新規参入者向け研修の取組の支援や、熟練有機農業者が現地指導する「オーガニックビジネス実践拠点づくり事業」や、有機農法に取り組む農場に直接支援金を支払う「環境保全型農業直接支払交付金」などの施策を予算化して実行しています。しかしながら、これらの事業はあくまで人と人との繋がりの中で農業技術を学び合うもので、抜本的な雑草処理等の労力の改善につながらないのみならず、昨今のデジタルテクノロジーやロボティクスの活用などはそれほど行われていないのが現状です。
めざすべき未来の姿
ここまで見てきたとおり、有機農業は環境維持の観点からも消費者の興味関心の観点からも必要性があることがわかるものの、日本ではあまり浸透しておらず、その理由は主に「労力がかかること」「収量が不安定であること」にあることがわかります。また、いわゆる農業用の機械は主に大規模農場向けでかつ農薬・化学肥料を用いることが前提であるものがほとんどであり、有機農業の従事者に貢献する直接的なソリューションが存在していません。有機農業や減農薬農業などの付加価値の高い農業の、労力負荷を下げかつ安定した生産性を実現するため、農業生産を効率化するAIと農業ロボットの開発を支援することが必要です。その結果として有機農業の新規参入のハードルが下がり、農業への若い人たちの参入が促進されることで、高齢化が進む日本の農業の持続可能性を高めることにもなります。
2050年までに、全国の農家のうち有機農業に取り組んでいる農家が0.5%(1.2万戸)となっているところを、フランスの半分程度の2.5%(6.0万戸)まで増加させます。
未来のために何をすべきか
政策案 | 有機農業を支援する農業AIとロボットの開発支援と導入支援 |
有機農業を支援するための農業AIの開発とロボットの開発に補助を行います。農業ロボットが農場の写真・土壌情報・天候情報などを記録し、AIで機械解析を行い、農場の運営方針及び行うべき農作業について農家に提案します。また、労務負荷の大きい雑草処理などはロボットが行うことで、農業従事者を単純作業から解放し、より作付面積を増やしたり、農作物の付加価値を高めたりすることに使える時間を捻出します。
次に、農業ロボットの開発補助費として、開発費の50%補助(上限2億円)を20件*5年行います。この場合、5年間で最大200億円の補助費用が必要となります。これらの開発補助の条件として、ロボットの活用によりどの程度の農作業の効率化が図られたかの経済価値を計測し、事例として公表することを義務付けます。また、こうして開発されたロボットを各農家が購入し利用する補助費として、対象の農家6.0万戸の50%に、1戸あたり100万円の農業ロボット導入費用を補助します。この場合、300億円の補助費用が必要となります。
農業の機械化というと、どうしても大規模農場での大型の農業機械がイメージされますが、小さいロボットが農場を動き回って情報を記録して分析し、かつ雑草の除去などの作業を代替することで、格段に有機農業の生産性を上げることができます。有機農業に取り組む農家を支援することは地球に優しいのみならず、農業に新規参入したい若者を支援することにもつながることを多数の方に理解いただくことが重要です。ロボットを開発する中で、初期開発フェーズに参加する農家の方々の意見を聞きながら、農家の方々の生活レベル向上に資するロボットが開発されることが肝要と考えます。