オンラインコミュニティの活用
坂本 雅純 | |
PROFILE 2017年早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒(2014年英国ケンブリッジ大学ペンブルックカレッジ留学プログラム参加)。 国家公務員として、SDGs×地方創生×産業の取組、デジタルインフラの海外展開戦略作りや中堅中小企業の新興国展開の支援等に従事した。いわゆるコロナ対応業務も経験。現在は施策調査・コンサルティングに従事しつつ、独立行政法人のシンクタンクで独自の政策・歴史研究を進める。 歴史能力検定1級日本史博士・1級世界史修士。アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館(元強制収容所)を訪れた際、「人の顔を見ない・現場感のない”政策”がどのような結果をもたらすのか」を痛感し、現場に根差した政策への問題意識を持つ。 |
いま起こっていること
近年ソーシャルメディアの発展により、オンラインコミュニティへ参加する人の割合が増えています。総務省の平成30年版情報通信白書では「オンラインコミュニティのみに参加する人」が全体の約44%を占めるようになりました。
なお総務省白書には「オンラインコミュニティ」の定義は明記されていませんが、帰納法的に推察可能です。例えば白書の出所となったアンケート調査票を見ると「メーリングリスト、電子掲示板、ブログ、SNS、チャット、動画・音楽共有サービス(ニコニコ動画、YouTube等)、オンラインゲーム、3D仮想空間」が挙げられています。また「オフラインコミュニティ」の例として、「町内会・自治会、PTA、農協や同業者の団体、労働組合、生協・消費者団体、ボランティア団体、住民運動団体・市民運動団体、宗教団体、学校の同窓会、仕事を離れたつきあいのある職場仲間のグループ」が挙げられており、それらをオンライン運用したものがオンラインコミュニティであると推察できるような記載ぶりにもなっています。
政府は当初、地域のような「コミュニティ」が日本の様々な課題(人口減少、少子高齢化、医師不足、災害対応)に対応する主体の一つであるとした上で、中でもオンライン技術を活用した地域を「ICT地域活性化大賞」として表彰してきました。
その後の推移を見ますに、消費者庁「オンラインサロンの利用状況に関するアンケート結果」(2021年)では、オンラインサロン利用者の半数がコロナ禍の2020年以降に利用を開始したと回答しており、コロナ禍でオンラインコミュニティの普及が加速したと言えます。他方同調査では「交流が低調であった」「雰囲気になじめなかった」「内容に加え、料金や退会方法が明確でない場合がある」等のコミュニティ上のトラブルも指摘されています。
また昨今、偽情報の流通や誹謗中傷、意図せず自分好みの情報空間が形成される傾向(いわゆるエコーチェンバー)なども課題として指摘されています(総務省令和4年版通信白書)。
ところで2024年4月には「孤独・孤立対策推進法」が施行され、SNSを活用して一人一人が人との交流・つながりを確保することが政策事業として進められており、上述の「ICT地域活性化大賞」とは異なる目的でオンラインコミュニティを活用しようという動きもあります。
本団体「Policy makers lab」もオンラインコミュニティですが、事務局からメンバーへの提供コンテンツ充実、各メンバーのロイヤリティ確保、さらには外部から見たコミュニティの信頼性担保など、もっと改善できる点がいくつもあるのが偽らざる現状です。
上述のように、オンラインコミュニティはその運営内容やリスク、効用に至るまで、様々な側面で理解増進や課題解決が求められています。
すでに政府が取り組んでいること
オンラインコミュニティ自体は政府戦略に明示的な記載がありません。
他方で関連事項として「こどもの居場所づくりに関する指針」(2023年12月閣議決定)では、子どもにオンライン上の居場所を提供するサポートも考えられるという趣旨の言及があります。
また、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版」には、孤独・孤立対策に取り組むNPO等の活動の支援が推進政策として挙げられており、例えば令和5年度補正予算のうち5億円の措置分が、民間団体が行う電話やSNSを活用した社会的孤立を抱える人の相談体制の強化のために補助率10/10であてがわれます。
目指すべき未来の姿
まず、運営趣旨や社会課題対応性といった、目下の様々なオンラインコミュニティの「目的」と「効用」をきちんと整理することが大切です。コミュニティには自治体の公式運営物から単なる仲間内での趣味グループまで様々ありますが、そのうち地域振興や孤独対策だけが国の政策に合致する分野というわけではなさそうです。例えばリ・スキリングやコンテンツ鑑賞(文化振興)といった政策に合致するコミュニティも考えられます。オンラインコミュニティの活用自体は比較的新しい議題ですので、補助金等の施策を考える前段階での情報の調査・整理が必要となります。
加えてコミュニティ内で生じるトラブルを回避しつつ、国の後押しを受けるにあたってコミュニティが国と確り連携できるようにするため、その運営健全性を担保する政策も必要と考えます。
現在あらゆる政策にデジタルが関したり、支援対象「事業者」と言えば通常は企業を思い浮かべたりするように、多くの政策を推進するエンジンの一つに「オンラインコミュニティ」が位置付けられることが望ましいと考えます。
定量的には、人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数(いわゆるダンバー数)の平均値「150人」を一コミュニティの平均人数としつつ、平均的に国民全員が2つのオンラインコミュニティに参加すると仮定すると、(日本の人口約1億人を150人で除した数値63万に2を乗じた、126万を鑑みて)およそ120万のオンラインコミュニティの存在が想定できます。
加えて特定非営利活動法人(NPO法人)の認証数が約5万、同法人の認定数が約1,300であることに鑑みれば、後述するように法人格を備えたオンラインコミュニティや運営健全性を担保したオンラインコミュニティの数も、同規模日本に誕生し得ると考えます。
未来のために何をすべきか
政策案① | オンラインコミュニティの実態や効用、及び各政策への活用方法の整理 |
各施策予算の中で凡そ1割程度充当されている調査費を活用する際「関連するオンラインコミュニティの実態やその効用」を調査仕様に加え、各調査報告書の中にオンラインコミュニティの情報が入るようにすることが有効です。調査報告書は国会図書館への納品にとどまらず、可能な限り各府省のホームページで公開し、官民での政策議論を喚起することも考えられます。
ある程度情報が蓄積された段階で、オンラインコミュニティに関する事例集やガイドラインを(他ガイドライン作成費を参考にしつつ、一年あたり1億円/事業を目安として)内閣府等で作成したり、同府でオンラインコミュニティの各政策への活用に係る有識者検討会やシンポジウム等を開いたり(1回あたり会場費や設備費等で300万円程度)、その後の政府戦略にオンラインコミュニティの活用を明記することも重要です。
各施策でオンラインコミュニティが活用される段階では、補助金等の事業公募要領に「オンラインコミュニティ」の支援可否や支援要件を明記することも想定できます。
前述のとおり、2030年頃までは新しく予算事業を組む必要はありません。既存の地域振興やリ・スキリング、コンテンツ振興、孤独対策等の各調査事業の中で「オンラインコミュニティの活用方法や、活用による効用」を明らかにしていくことが考えられます。2030年代以降は、必要に応じて有識者検討会やシンポジウム等の予算を措置したり、内閣府や財務省等がイニシアチブを取る各府省申し合せ文書を発布したりして、オンラインコミュニティの活用が有効と見込まれた政策の実施要領にオンラインコミュニティが自然と組み込まれていくことが望ましいです。
なお活用意義を整理する中で海外在住者(国籍不問)も巻き込んだオンラインコミュニティの活用が有効であると判明した場合には、独立行政法人国際交流基金や独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)等の事業要領に2020年代からオンラインコミュニティの連携を組み込んでもよいと思います。
政策案② | オンラインコミュニティの運営健全性の確保 |
オンラインコミュニティの運営自体はSNSがあれば可能ですが、運営健全性の確保を考えるなら、ガイドラインの作成や法律改正、政府公認制度も有効です。
1 ガイドライン
オンラインコミュニティの目的設定から、人数や体制に応じて活発に活動するための運営方法、誹謗中傷等に対応するための規則設定の留意点(厚生労働省「モデル就業規則」のような雛型規則の表示がベター)等を盛り込んだ、運営ガイドラインを国として作成することが有効です。本団体「Policy makers lab」も運営実績を積んできましたから、ガイドラインへのノウハウ記載の参考情報を多く提供可能です。
2 書き込みチェックツール等の開発促進
偽情報や誹謗中傷、エコーチェンバー等の課題に対処すべく、オンラインコミュニティ上で参加者が書き込んだ情報や文書の性質を自動判定でチェック出来るようなAIツールの開発を支援しつつ、コミュニティを提供するSNS提供事業者への導入を促します。ツール開発は、例えば「生成AIに係る情報処理基盤産業振興事業」(経済産業省令和6年度予算)が3.7億円ですから、同程度の額を補助金事業として組成することが考えられます。
3 法律制定・改正
オンラインコミュニティを任意団体(≒コミュニティの代表が個人事業主として税等を処理する)ことも可能ですが、今後政策にオンラインコミュニティを組み込んでいくなら、法人格におけるオンラインコミュニティの位置付けを検討しても良いと思います。同じ文脈で過去作られたのが「特定非営利活動法人法」(NPO法、平成十年法律第七号)ですから、その内容に倣う形で「コミュニティ法」(仮称)を制定して法人格の扱いを議論することも考えられます。
仮にNPO法の中でオンラインコミュニティを議論する場合には、以下2点が論点となります。
ア:活動内容の拡充
NPO法では別表に明示される活動(保健、まちづくり、環境保全等)をしている団体に法人格を付与することになっていますが(NPO法第二条)、ここに「政策リテラシー向上や政策推進に資する活動」や「各府省等における政策を推進する活動」といった文言を追記することが想定されます。
イ:事業所所在地規定の緩和
NPO法では、政令で定めるところにより登記が定められていますが(NPO法第七条)、登記には主たる事業所の所在地情報が必要です。しかしオンラインコミュニティの場合は物理的な所在地の設定が馴染まない場合もあります。そこでエストニアの「e-residency」制度も参照しながら、事業目的や運営規約等の情報提出を義務付けつつも、コミュニティ所在地はメタバース等のweb上とすることを認める(メタバース空間を所管する所管法務局や税務署を設ける)、もしくは全く所在地情報を必要としない形(所管法務局や税務署は、コミュニティ代表者の個人住所の管轄署とする)に改めることも考えられます。
4 政府公認制度
政府事業の中で採択されたオンラインコミュニティを始め、運営健全性が認められるオンラインコミュニティを政府が公認する「e‐Community」(デジタルと”良い”の掛け合わせ)、もしくは政府が発行するオンラインコミュニティ事例集の中に記載していくことで、コミュニティの社会的な信頼性を担保することが有効です。
「オンラインコミュニティ」の各政策への活用意義の整理等の初期段階である2020年代に、上記①や③のようなガイドラインや事例集(可能であれば公認制度)等の実現を行うことが現実的と思料します。
必要に応じて行う法律制定・改正は、2030年代以降に内閣府(NPO法所管)や法務省(法制審議会‐会社法部会所管)に審議会等を設置したり、与野党内の検討部会やその先の国会等での議論を通じて検討を加速したりすることが考えられます。必要に応じて、エストニアと日本の「デジタル分野における協力覚書」(デジタル庁、2022年5月締結)に記載された「専門家の視察や調査のための訪問、政府職員及び他の専門家間の交流等、様々な機関間の協力促進等」の一環として、制度設計で同国と連携することも有益です。